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大阪高等裁判所 平成7年(行コ)76号 判決 1996年9月27日

控訴人

甲山春子

甲山太郎

右二名訴訟代理人弁護士

内橋一郎

長谷川京子

後藤玲子

被控訴人

兵庫県知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

岸本昌己

被控訴人指定代理人

藤井俊信

外五名

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が控訴人らに対して平成五年九月二〇日付けでした公文書非公開決定処分を取り消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人ら

主文と同旨。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人らは、平成五年九月七日、兵庫県の「公文書の公開等に関する条例(昭和六一年兵庫県条例第三号。以下「本件条例」という。)」に基づいて、被控訴人に対し、控訴人甲山春子の平成五年五月七日の分娩に関し「A産婦人科」から兵庫県社会保険診療報酬支払基金に提出され須麿社会保険事務所に送付された診療報酬明細書(以下「本件公文書」という。)の公開を求めた。

2  被控訴人は、平成五年九月二〇日、本件公文書の公開を行わないことを決定した(以下「本件処分」という。)。

その理由は、本件条例第八条は「個人の健康状態等心身の状況等に関する情報であって、特定の個人が識別され得るもののうち、通常他人に知られたくないと認めるもの」(第一号)については公開しないことができる旨を規定しているところ、本件公文書は同号所定の公文書に該当するというものであった。

3  控訴人らは、平成五年一〇月一四日、被控訴人に対し本件処分につき異議を申し立てたが、被控訴人は、平成六年二月九日付け決定で右異議申立を棄却した。

4  しかし、本件条例第八条第一号は特定の個人(以下「当該本人」という。)のプライバシーを保護する趣旨で規定されたものであるから、公開を求める当該本人のプライバシーに属する事項を記載した本件公文書は同号には該当せず、また、いわゆる個人情報保護条例が未だ制定されていないからといってその公開を拒むことはできないというべきであり、本件処分は違法である。

よって、控訴人は、被控訴人がした本件処分の取り消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。

同4の事実中、本件条例第八条第一号が個人のプライバシーを保護する趣旨で規定されたものであること、個人情報保護条例が未だ制定されていないことは認めるが、その他の点は否認する。本件公文書は、控訴人甲山春子の健康状態等心身の状況等に関する情報であり、当該本人が識別され得るもので、通常他人に知られたくないと認められるものが記録されている公文書であるから、本件条例第八条第一号に該当するものであることは明らかである。それが公開を求める当該本人のプライバシーに属する事項を記載した公文書であるからといって、同号所定の公文書でなくなるわけではない。もともと、公文書の公開を請求する権利と自己情報の開示を請求する権利とは別個のものであり、本件条例によって非公開の対象となった自己情報は、いわゆる個人情報保護条例が制定されてはじめて具体的な権利としてその開示を請求することができることとなるものである。

第三  証拠

原審及び当審における書証目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがないので、以下、本件公文書が本件条例の第八条一号に該当するかどうかについて検討する。

1  乙七号証によれば、本件条例は、「公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、公文書の公開及び情報提供の推進に関して必要な事項を定めることにより、地方自治の本旨に即した県政の推進と県民生活の向上に寄与することを目的」として制定されたものであることが認められ、これが、公文書は広く一般に公開されるべきであるとの原則を宣明するものであることは明らかというべきであるが、一方、すべての公文書を公開することから生じる諸般の不都合を考慮して、特定の公文書に限って例外的に非公開とすることにより、そのような不都合の発生を回避するよう配慮していることも認められるのであって、それが本件条例第八条各号の規定にほかならないと解することができる。

そうすると、第八条各号の規定は、右のとおり例外的規定であるから、その規定の趣旨に即してできる限り狭く解するのが相当であり、これを拡張して解釈したり、その文理にこだわって規定の趣旨を無視するような解釈をすることは厳に慎むべきであるといわなければならない。

2  そこで、本件条例第八条第一号により公開しないことができるとされている公文書について考えるに、「個人の思想、宗教、健康状態、病歴……等に関する情報であって、特定の個人が識別されるもののうち、通常他人に知られたくないと認められるもの。」がこれに当たると規定されていることからすれば、いわゆる個人のプライバシーの保護を趣旨とするものであることが明らかであって、公文書公開の原則といえども個人のプライバシー保護の要請の前には道を譲るべきであるとしたものにほかならない。

このことは、反面、個人のプライバシー保護の要請が存在しない限り、たとえ個人情報の記載された公文書であっても、原則に戻って公開としなければならないことを意味するのであって、形式的に同号の規定に該当するという理由でこれを非公開とするのは相当でないといわなければならず、いわゆる個人情報保護条例が制定されているかどうかによってその結論が左右されるもではないというべきである。

すなわち、本件条例第八条第一号の規定は、そこに記載されている個人情報が当該本人以外の者に公開されることによって当該本人のプライバシーが侵害されるのを防止することをもってその趣旨とするものであり、その趣旨からすれば、公開を請求する当該本人の個人情報を記載した公文書は同号所定の公文書には含まれないものと解するのが相当であり、当該本人からの請求であるにもかかわらず、形式的に同号所定の公文書に該当するとしてその公開を拒むのは、制度の趣旨を無視し、文理にとらわれた形式論というよりほかはない。

3  いま、これを本件について考えるに、本件公文書は控訴人甲山春子の「A産婦人科」での分娩に関する診療報酬明細書であり、同控訴人の個人情報に関する公文書であって、そのプライバシーの保護が要請されるのはもっぱら同控訴人の利益のためであるから、同控訴人が自ら本件公文書の公開を請求する場合には、プライバシー保護の要請はなんら存在せず、これを非公開とすべき理由はないといわざるをえないのであって、この場合、本件公文書は本件条例第八条第一号の公文書に該当するものではないというべきである。

そうすると、本件処分は、本件公文書が本件条例第八条第一号に該当しないのに、該当するとしてなされたものであり、かつ、これを公開することにより生ずるその他の具体的弊害、被控訴人の事務事業の公正円滑な執行に障害が生ずるなどの不都合については被控訴人の主張立証しないところであるから、違法の行政処分というよりほかはない。

二  よって、これと異なる原判決は不当であって本件控訴は理由があるので、原判決を取り消した上、控訴人らの請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 孕石孟則 裁判官 田中恭介)

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